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麻原彰晃裁判について

2003年12月26日

 とうとう麻原彰晃の死刑の判決が出ました。当然ではありましたがオウム真理教がなぜあのようなことになってしまったのか色々考えさせられるものがあります。オウムに入会していた人々はいずれも本当の人間の生き方とは何かをつきつめて考え、そして能力的もたいへん優秀な人が多かったと思います。私の友人にもオウムの人がいましたが、大変素直でまじめにものをよく考える人でした。私が20年以上も住んでいた杉並区の西荻窪というところはあのような精神的修行者達の発祥の地というところで、麻原を始め、大川隆法、バグワン和尚などいろんな宗教団体が目白押しでした。私は精神世界にもたいへん興味を持ってありとあらゆる本を読んではいましたが、そういう組織団体というものの怖さと弊害をよくわかっていましたので入会するなんてことは考えたこともありませんでした。麻原たちを始め精神的指導者や、また信者達の始めの動機や考えというものは大変理解できるのですが、組織が大きくなり、そして大きなお金が動き出したりするとだんだんおかしくなってくるのが常です。信者が増えて来ると驕りと自信過剰になり、自分達の考え方が最高であるとか、信者でないものはなぜこんな素晴らしい思想が理解できないのだとだんだんおかしくなってくるのです。麻原はどうかわからないまでも、真面目で優秀な信者達は、初めは本当にみんなが幸せなユートピアをつくろう、自分の能力を生かせる社会を自分達で作っていこうと理想に燃えて、すべてを放棄して修行に励んだのだと思います。それがだんだん組織のトップの考え方がずれてきて、信者達も組織の論理に引きずられて自分の本来の理想から離れて行き、暴走を始めたのだと思います。
 こういう宗教の危険性は世界の歴史上ずっと前から何度も繰り返されてきました。キリスト教の十字軍、中世の魔女狩り、国内でも仏教教団の争いなど枚挙に暇がありません。
 これらを考えてみると立派な伽藍を誇示し、信者の数を増やすことや組織の拡大を目的とするようになると宗教は大きな弊害を生みます。私は宗教精神は人間の生きるうえで、また人間はなぜこの世に生を受け、何が自分の役割であるのかを見つけていくうえでは大変貴重なものであると考えていますが、あくまでその修行過程においては特定の宗教組織とは一線を画して、自分と神、といって誤解をさけるならば、自分と宇宙の真理との一対一の関係において自分の生きる道を探索し、精神的な高みを目指して生きるべきであると思います。
 私の持論からすると人生において偶然はない。自分にとってふさわしい出来事や出会いはすべて自分にとって最適な時に最適なタイミングで起こる、ということからしますと、オウムの事件も宇宙の真理の中では必然だったのだと思いますが、真面目な動機で本当に理想に燃えて入会した信者達の間違った選択を考えると本当に哀れで残念でなりません。
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